夜明けの心臓

最重度の心臓病の一つである左心低形成症候群の息子の記録。手術・入院・通院の事や病気の情報など。あと雑記。

障害児の親に求められているもの、求められていないもの

障害児の親に求められているもの

障害のある子を育てていると、ふと視線を感じることがある。
その視線って何なのか考えた。


Twitterの障害児育児クラスタで一瞬話題になったトピックがあった。
障害児の親は清廉潔白を求められる(ように感じてしまう)というものだ。
健常児の親もそれに似た思いをすることがあるだろうが、子どもに障害があるとなるとその圧が増すように思う。

例えば、
「ネイルアートをするのは余裕のある親だけ」
「子どもの入院中には親は質素に暮らさなくてはいけない」

世間は障害児の親に「自分を顧みず、献身的に子どもに尽くす親」そんなイメージを持ってはいないか。
→障害がある子との生活では、特別なケアが必要で時間と労力を消費してしまうはずだ。
→だから、ネイルアートなんてしない。
派手なメイクもしないし金髪にもしない。
子どもが集中治療室で耐えているのに、ラーメンを食べに行くなんてもってのほか……。

親たちの声

このツイートに、多くの障害児の親御さんからリプライが寄せられた(もちろん、それ以外に健常児の親御さんやその他の方からのコメントもあり)。

子どもがICUにいる時の振る舞いについて、
「親の体力が落ちると、その後の子どものケアができない」
「どんな過ごし方をしても直接関わるわけではなく、禁欲的な生活を送っても子どもが良くなるわけではない」
「手術の成功を祝うため」
このような意見があった(実際にリプを見てほしい)。

わたしの場合

「子どもが苦しんでいるのに、どうしてそんな平気、平静でいられるの?」と思ったあなたへ。
違う。平気なんかじゃない。
これは逆。平気じゃないから、いつも通りの生活をするの。

わたしの場合、手術や緊急入院で精神が極限状態にあるときには、日常が恋しくて、日常を取り戻したくて、いつもと同じ行動をするんだと思う。

ご飯を食べる。朝起きて夜寝る。
このふたつは日常生活を送るにあたって本当に最低限のことだ。

目が冴えて激しい動悸で眠れない。
お腹が減らず、口がパサパサに乾く。
むりやり口に食べ物を詰め込んでも、味がなくて飲み込めない。

……ここまで沈みきってしまったら、戻るのには時間がかかるし、時間をかけても元の自分に戻れるとは限らない。


まず、自分を守ること。
自分を守れないと、家族も守れない。
そのために、遊んで、好きな物を食べて、いい香りのお風呂に入って、布団で寝る。


わたしは世間から見た理想的な障害児の親とはかけ離れているだろう。
でも、はる君の母親はわたしにしかできない。